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熊本簡易裁判所 昭和31年(ハ)1157号 判決 1957年12月16日

原告

中野信吉

被告

池福為記

主文

被告は原告に対して金八千九百参拾参円及び之に対する昭和三十一年十一月二十九日以降完済迄年五分の金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分しその壱を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

当事者間に争のない事実、成立に争のない甲第一、第二、第五号証、乙第二号証、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第四号証、検証の結果、鑑定人松本達郎の鑑定の結果、原告本人の供述、被告本人の供述の一部及び弁論の全趣旨を綜合すれば、原告所有に係る鹿本郡植木町大字有泉字中野九百八番、一、山林一反五畝十三歩は被告所有に係る右同所九百番地の山林の西隣に位し、之と東側の境界を相接しているものであつて、もと訴外塚本平四郎の所有に属していたものであるが、明治二十年一月十九日被告先代池福仁三が質権の設定を受け支配していたところ、明治二十五年二月二十七日売買によつて原告先代中野弥吉の所有に帰し、原告は之を相続取得したものである事、右山林は元来畑地であつたものを原告先代に於て山林となし明治三十三年十月五日地目変更を許可せられたものである事、その山林の西、北の境界線に沿つた地内にはいづれも檜、杉が点々列をなして植込まれ、周辺の土地と右山林とを截然区分して居る事、本件係争伐採木は右原告所有山林の東境、前叙被告所有山林との境界線と思われる附近に、被告所有山林の丘の下縁に沿つて南北に存する長さ約二十間の浅い溝様の窪地の中央やゝ東寄の箇所で地形上、被告所有山林の丘の下縁と原告所有山林の地平面の接合点と認むべき線上に南北に約二十間に亘つて略一列に生立した居た六十六年生の檜七本であつて、被告は之を昭和三十一年中に伐採して家屋建築用に供したものである事、右窪地は原告所有山林がもと畑地であつた時代、被告所有山林の樹根が侵入するのを防ぐ為畑地の所有者に於てその境界線際の自己所有地内に掘つた溝の跡であり、従来その東縁の線が境界線であるとされて来た事、前叙七本の伐採木を結んだ線より西側の地形が字図に於る原告所有地東側境界附近の地形と相似し、且つ前叙の溝の西側の原告所有地内に本件係争伐採木と相対して同年令の檜三本が存した事、前叙伐採木は原告所有山林の北の境界線に沿つた地内に点々植えられている檜の一部とも樹令を同じくする事、一方被告所有山林の丘の下縁周辺には本件係争伐採木を除き、杉、檜計三本、とそれらの切株と認められるもの三本が存するが、いづれもその位置種別、根廻りなどの諸点より一見して本件係争伐採木とは関連なく植えられたものである事が認められる。

以上を要するならば、被告所有山林が丘状をなしているのに対し原告所有山林が平地であつた為、如何に管理しても長年月の間には被告側の丘の土が崩れて多少なりとも原告側に押出して来る一方、樹木の習性として山側に根を張つて行くので、現況を一見したのみでは紛わしいとも言えようが、本件係争伐採木七本はいづれも、原告所有地北側境界線に沿つて植えられてあつた同年令の檜、並に溝をはさんでその西側に之と相対して植えられてあつた同年令の檜などと共に、明治二十五、六年頃、原告先代に於て、原告所有山林の境界に植えられたものであると認めるのを相当とする。

証人、金子伊蔵、同丸山保男、同出田改宝の各証言並に被告本人の供述中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

次に被告本人の供述によれば、被告並に被告先代共に永年植木町有泉部落に居住し、本件係争伐採木の存する原告所有山林の東に隣接する山林を管理して来たものである事が認められるから、附近の山林、畑地に関する故事来歴や慣行に明かるい者と言うべきであり従つて前叙認定の諸事情より推して、本件係争伐採木が自己の所有地内に生立するものであるか否かの点につき疑念を持つて然るべくこの点を糺明し、自他共に一応納得するだけの客観的な資料を得て後伐採すべきものであると言うべきところ、特にかゝる挙に出ず、漫然自己の所有なりと信じて伐採したものである事が認められるから、被告は本件係争伐採木の伐採した事について過失の責を免れないものと言わねばならない。

そこで原告の蒙つた損害の点について按ずるのに、被告が本件係争伐採木を以て家屋を建築した事は前叙認定の通りであるから、その損害は金銭を以て評価するほかなく、鑑定人松本達郎の鑑定の結果によれば、伐採木の総石数は七、六六八石と算定せられ、その昭和三十一年当時の熊本市内市場に於る売渡時価は金千五百九十円であるが、売渡人の純益は石当り金千百六十五円である事が認められ、他に反証もないから、被告の前叙伐採行為によつて生じた原告の損害は金八千九百三十三円であると認めるのを相当とする。

仍つて被告は原告に対し金八千九百三十三円及び之に対する本件訴状送達の日である事が記録上明白な昭和三十一年十一月二十九日以降完済迄の民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務あるものと言うべく、原告の本訴請求は右の限度に於ては理由があるから正当として認容するがその余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第九十二条を適用し、仮執行宣言は相当でないからしない事として主文の通り判決する。

(裁判官 平佐力)

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